長いお盆休みも終わり、本日から通常業務に戻る。世間的にはそのようだが、体と気持ちがついて行っていない。

この間、様々な心の動きがあった。同級生のNとHにあったのも良かった。その他の同級生の様子も聴けた。みんなそれなりに生活を営んでいる様子がとても尊く感じた。もう、競争などどうでも良いのだ。

少林寺拳法の自分の立ち位置についても、自分なりに整理がついた。もう、自分は歳を取って、できることは少ないのだ。争いはやめて、距離を置いて好きなところだけを続けて行こうと思う。何気なしに考えてしまうことだが、それだけ、掛けた時間も長いし大事なものであったのだろう。

臨床心理と肖像画の共通性も自分なりに整理ができた。清里フォトミュージアムで展示を観たのが大きい。人を面お前の現象や症状だけで見ることなく、生活含めた環境や今まで過ごした時間さえも考慮して、人を人として遇すること。それを引き出すのが、臨床心理であり、肖像写真なのだ。

17日はお世話になった伯父さんの立ち日だということで、お墓参りにいった。綺麗語を言うのも嫌だし、おべんちゃらも言いたくない。そんなことを考えて合唱をしていると、なぜかいろんなことを思い出した。世間から見ればへんてこりんな人生だったけど、自分は、唯々、みんなが笑っている姿が見たかったのだ。

母親も歳をとった。知らぬ間に86歳になっている。同じ年の長澤のお母さんは要介護認定を取り、同じく同じ歳の昭和のお母さんは耳が遠くなっているという。

これからいろんなことを迎えるだと思う。それも人生だと思って受け入れなくてはならない。その前に、自分の身の回りのことを整理しなくては。部屋をかたづけて、提出するものは提出して。65歳までを一つの気切りとしようと思う。それまでにできることに挑戦をしよう。人生を楽しもうではないか。

酒なんかばかり飲んでいる場合ではない。

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