花々が咲き誇るこの時期の南アルプスは、カメラを抱えて外へ出るには少々危険である。
なぜなら、撮影に夢中になり、際限がなくなってしまうからだ。
昨年の今頃、国立新美術館で開催されていたダミアン・ハースト展を訪れた。なかでも強く印象に残ったのが《桜》のシリーズである。
私はその作品を、満開ではなく散り際の桜として眺めていた。そこには華やかさだけではなく、生の終わりへ向かう気配のようなものを感じたからだ。
図録にはダミアン・ハーストのこんな言葉が掲載されていた。
「《桜》のシリーズは、美と生と死についての作品なんだ。それは極端で、どこか野暮ったい。愛で歪められたジャクソン・ポロックみたいにね……」
実に格好いいではないか。
1965年生まれの彼とはほぼ同世代である。年齢を重ねてもなお、自らの作品をこのような言葉で語れる感性と覚悟には憧れる。
私もいつか、自分の人生や表現について、こんなふうに語れるようになりたいものである。

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