DFYの皆さんとの勉強会

昨晩の認知症勉強会は、とても充実した時間だった。

DFYの皆さんとの話は面白い。認知症当事者によるシビアな現実が語られるのだが、不思議と深刻さに飲み込まれることはない。「できなくなったこと」ではなく、「それでもできること」に目を向ける姿勢が印象的だった。

主催者の森さんは、「ラベルを貼らずに、目の前の人をそのまま見ることが大切だ」と話していた。言葉にするのは簡単だが、実際にそうするのはなかなか難しい。

ゲストの竹内豊さんは、勢いの良い広島弁で明るく語る元営業マンの男性だった。認知症と診断されてから10年間、認知症当事者としてさまざまな活動を続けてこられたそうだ。しかし後になって、実は認知症ではなかったことが判明したという。

自分がうつ病だと思っていたら、実は睡眠時無呼吸症候群だった。そんな話を思い出した。

会場には認知症当事者の女性も参加されていた。

「認知症と診断されたとき、どんなことを感じましたか?」

そんな問いに対して、彼女は「恥ずかしかった」と答えた。

長年看護師として働いてこられた方だという。

その言葉が強く印象に残った。

認知症そのものの苦しさだけではない。病気によって社会の中での役割や、自分自身へのイメージが揺らぐこと。そのときに生まれる「恥」という感情が、妙に悲しく思えた。

恥とは、人間だからこそ抱く、人間らしい感情なのかもしれない。

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