ジェンドリン哲学の「からだの知恵とその理論化のプロセス」という章が面白い。
ジェンドリンは、身体知を単なる感覚としてではなく、新しい歴史や文化を生み出す創造の源として捉えている。
また個人の人生においても、その時々の自分にふさわしい思考や行為を生み出すために欠かせない能力だと述べている。
私たちは問題を頭で考えているようでいて、実はその前に身体が何かを感じ取っている。
ジェンドリンは、その曖昧で言葉になる前の感覚を「直接照合体」と呼んだ。
それは言わば、創造の源泉なのである。
私たち組織の人間について、ふと思った。
私たちの身体は、ときに組織の価値観や社会の常識とは別のことを訴えているのではないだろうか。
本当は休みたい。少し立ち止まりたい。もしかしたら、別の生き方を試してみたい。
身体はそんな声を発しているのかもしれない。
しかし私たちは、自分の身体の声を聴く訓練をほとんど受けてこなかった。
それどころか、身体の声に耳を塞ぎ、組織や社会の期待に応える訓練ばかりを長い年月積み重ねてきたようにも思う。 だからこそ、身体知に耳を澄ますというジェンドリンの提案は、現代人にとって思いのほか大切なことなのかもしれない。

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