本日土曜日は山梨県立大学少林寺拳法部の自主練習会。私はこれまで、「一人でも練習したい人がいれば相手をする」をポリシーに自主練習へ参加してきた。
本日の参加者は4名と少なかったが、これはこれで面白い。武道を起点に、普段なかなかできない話も交えながら、本日も充実した時間を過ごすことができた。
いよいよ会社訪問が始まった3年生に対し、就職活動がおおよそ終わった4年生からのアドバイスが興味深かった。
一言一句間違いのない受け答えを身につけようとする3年生に対し、4年生は「礼儀正しさを土台にしながらも、相手を受け入れ、自分の言葉で誠意をもって応えることが大切だ」と話していた。その話を聞きながら、思わず顔がほころんだ。
それはかつて私自身が伝えていたことでもある。しかし、幾度かの経験を経て、彼ら彼女らの深いところへ落ちていったのだろう。そう考えると、ここでの修練も決して無駄ではなかったのだと思う。続けてきた甲斐があったというものだ。
演武の練習では、相手を全身で受け入れること、そして崩れた自分の体勢を絶えず整えることの感覚を強調して伝えてみた。また、具体的な技術の理論を学ぶと同時に、二人の関係性や演武全体の構成を俯瞰して捉えることも大切であると意識させた。
具体と抽象を行き来するこうした思考訓練は、武道のみならず、複雑な社会を生きていく上でも大切な能力になると信じている。
こんなことを考えながら過ごしている時間が、私にとっては何より楽しい。武道とは技を学ぶだけでなく、人と向き合い、自分と向き合う営みでもある。その面白さを改めて感じた一日であった。

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