フリーレンに学ぶ修練のコツ

来週はいよいよ中部学生大会である。

山梨県立大学少林寺拳法部では、休日の午前中にも部員たちが集まり、自主的に練習を重ねている。大会が近づくにつれ、指導する私自身も自然と熱が入ってくる。

部員たちの多くは大学に入学してから少林寺拳法を始めた学生ばかりだ。それでも身体操作や技法の習得には目覚ましい成長が見られる。

もちろん、長年修練を積んできた他大学の上級生たちには及ばない。しかし、仲間と励まし合いながら切磋琢磨する姿を見ていると、少しでも良い結果を掴んでほしいという思いが湧いてくる。

本日の修練テーマは「意識レベルの向上」であった。

最近、部員たちの間では『葬送のフリーレン』が半ば課題図書のようになっている。その戦闘シーンを題材に、人間の脳の特性と結びつけながら修練のヒントを話してみた。

物語の中で、師匠フランメは幼いフリーレンにこう語る。

「どうして正面から戦いたがる。いくらでも戦い方はあるだろう。」

強大な魔力を持つ魔族に対し、人間は力で勝負しても勝ち目がない。だからこそ人間は工夫し、観察し、学び、戦略を立てる。その積み重ねによって勝機を見出していく。

これは武道の修練にも通じる。

力任せに技を掛けようとしても上手くいかない。身体の使い方を工夫し、相手を観察し、自分自身を客観視する力を養うことで、少しずつ技は生きたものになっていく。

少林寺拳法に限らず、人が成長する過程では「もっと強くなること」よりも、「より良い学び方を身につけること」の方が大切なのかもしれない。

大会を目前に控えた学生たちの姿を見ながら、そんなことを考えた一日であった。

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